これからが決まった。

昨日、主治医から治療の話があった。

別の患者の処置をしている合間に

こちらも診てくださる。

昨日は、

来週から点滴治療を始めるための

挿管措置をドクター自ら行った。

その際にサインが必要ということで

持ってこられたのが、

延命措置をどうするか、という書類。

これに相当ショックを受けてしまったので

もっと強くならなくてはいけないと思った。

ウチは延命措置はしない、としたが、

ほかの患者はどうしているのか。

別に習う必要はないけれど、

結構高圧的に延命措置を行うことに

否定的であったので、それに驚いてしまった。

しかし、冷静になればなるほど、

措置を行うことで、医療従事者の方の手を煩わせること、

機材を使わせていただくことで余計な経費がかかるのだろう、と

予測できること。病院の利益にはならないであろうこと、など

想像ができた。

家族の感情を考えたら

最後の最後まで延命を望むのだろうが、

はっきりいって病院にとっては迷惑なんだろうと

思えて来た。

税金の無駄遣いという考え方もあるのかもしれない。

難しいことはわからないけれど、

こうして治療を開始していただいていることについても

高額な投薬をしてくださり、国の保険を考えると

この先何年生きるかわからない老人に

治療を施す意味を考えるのだろうと推測できた。

考えれば考えるだけ、先の見えないことに

ある程度予測を立てて、あきらめること、

妥協することを求められているようで

なんとも息が詰まる。

家族は100歳だって納得しない。

しかし、現実問題として寿命というものがあって

妥協して、治療をせずに、この病気を寿命だと思って

息の根が止まる瞬間を粛々と待っている、ということが

平均的な高齢者の生きざまなのか、と思えてきた。

自分だったら、

自分が歳をとったとき、

同じように扱われたら、どうだろう。

今まで生きてきて、最後の最後がこれならどうだろう。

考えがまとまらない。

今日、14日は土曜日。

月曜からの治療の準備はできたので

土日はただ身体を休める日。

体調の変化がないのが幸い。

月曜を待つだけだが、

不安はつきない。

家族がこんな気持ちなのだから

本人はいかばかりか。

涙ばかり出てしまう。

でも、月曜がスタートしなければ

その先もない。

すべては月曜から。

強くならなくては。

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