どうなってしまうのか。

Kの手術を前に、気になることを

看護師さんに伝えてあった。

『Kがヒートかもしれない。

その場合はどうなりますか』と。

外見でみて、通常のような出血はない。

陰部のふくらみもない。

ヒートを示す確証的な様子はないが、

腕に絡みついてきたり、

ちょっと甘えた声で鳴く、

人形に腰を振ってみたりすること、が

8月あたりからみられた。

ここ数日、ネットで調べたところによると、

現状は『偽妊娠』の可能性もある。

この時期は『発情後期』にあたるらしく、

ほっておいていい、というが、

身体の中ではホルモンが活発になっているらしく、

手術に適さないらしい。

確実にヒートとわかれば、

即手術は延期である。

しかも、2か月とか先になるだろう。

それでは、緊急対応していただく意味がない。

2か月後か3か月後。

そこまでKの心臓が持つかどうか。

そう考えると、

子宮自体を失くす方法に

考えが行く。

「子宮に水が溜まっていますが、

心臓の手術自体には影響がないので

手術可能です。

まずは、心臓の手術をして、

安定したところで、後日改めて

子宮の手術をすればいいでしょう」

と、21日の精密検査時にドクターが

おっしゃった。

『子宮に水なんて、今まで聞いたことがない。

この間、ホームドクターに子宮もみていただいて

問題なかったはずなのに』

心臓の肥大で頭がいっぱいながらも、

子宮に水、という思いがけない状態に

不安がいっぱいだった。

家に帰って、手術の検討をしていく中で、

子宮/水 で検索すると、

子宮水腫が出てくる。

ちゃんとした病気ではないか。

しかも、子宮蓄膿症の前段階だという。

心臓の雑音のおかげで、

避妊手術をせずにここまできた。

心臓が回復した時にこそ、

安心して全身麻酔の手術ができるものと

思っていた。

心臓手術の前に子宮水腫の手術。

内容は避妊手術に近いらしいが、

心臓が肥大して、危険度が増している今、

果たして、手術をしてよいのだろうか。

ドクターの言葉に従って、

Kの身体を切り刻んではいないか。

胸が張り裂けそう、とはこのことだ。

食欲がわかず、涙ばかりが出る。

どうなってしまうのか。

Kが不思議そうにこちらを見てくる。

『泣いた顔は見せないほうがよい』

周りの人に言われた。

その通り。

その通りなのだけれど、

何を見ても涙が出てしまう。

心臓手術を受けさせるだけでも、

大きな山なのに、

その前に別の手術だなんて。

しかも、ヒートの場合は

手術自体避けていくのが正道なのを

強行突破しようとしている。

大丈夫か。

そして、その後に心臓の手術。

本丸である。

どうやって、Kを看護したらいいのか。

最初の手術後、ある程度の回復を待って、

自宅に連れて帰り、

開腹したキズが癒えるまで

素人の飼い主が面倒をみる。

怖くて、考えただけで手が震えてしまう。

元気な状態であれば、

避妊手術は日帰りだ。

Kの場合、リスクの高さも半端ない。

無事に手術が済んだところで、

果たして連れて帰れるのだろうか。

長時間の車移動で、興奮しないわけがない。

その後、約一か月の自宅療養。

抜糸などは、

ホームドクターの力を借りるとして

この目の前に立ちはだかった

大きな、大きな山を登らなくてはいけない。

怖くて、怖くて。

Kに申し訳なくて、涙が出る。

Kにお昼ご飯を食べてもらっている間、

一人で外に出てみる。

空を見上げても、

人の行き来を眺めていても

こみあげてきてしまう。

一緒に年越しがしたくて、

元気に散歩がしたくて。

一度もできなかった

『持って来い遊び』ができるように

なるかもしれない、と

想像していた。

そうなりたい。

Kが久しぶりにベランダに向かって

吠えている。

今日は、外に気配があると

吠えている。

いつものKみたいだ。

横になると、呼吸が早く、

苦しさが増すみたいだから

本当は吠えないで欲しいけれど、

Kの元気のバロメーターを計る意味で

吠えてくれると、少し安心する。

飼い主がPC作業などしている間は、

床で寝ている。

痛くないか、とバスタオルや

クールマットを敷いたりしたけれど、

結局、床がお気に入りらしい。

ベッドで一緒に横になろう、と

目で訴えてくるけれど、

そればかりでは生活ができない。

ちょっとのお留守番や、

ちょっとの我慢が、どのくらい心臓に負荷を

かけているのか、見当もつかないけれど、

それに耐えて、手術にも耐えて、

本当の元気を取り戻して欲しい。

一回目の手術まで、あと6日。

飼い主がこんなに心が乱れてしまって、

乗り切れるのか。

ダメだ、弱気はダメなのだ。

本当にダメな飼い主だ。

家族が静かに言った、

「これもKの寿命なんだ、と

あきらめることはできないか」と

いう言葉が頭の中を駆け巡る。

Kは11歳になったばかり。

お誕生日会も、

Happy Birthdayも元気になったら、と

お預けにしている。

粘り強く仕事をこなす飼い主の以前の姿は、

❝強情な人❞という、すり替わった評価を

耳にしたことで、人格は木っ端みじんになった。

粘り強い、あきらめない、は

強情、しつこい、融通が利かない、と評された。

あれから、10年近く経って、

この飼い主は今、また、しつこく、あきらめ悪く、

Kの生にしがみついている。

それは、もしかしたら、

一つひとつ、困難を乗り切ることを

Kが自身の身体で教えてくれているのかもしれない、と

思えたから。

Kが亡くなったときに、

「あんなこともできたかもしれない。

こんなこともできたかもしれない」とは、

言いたくない。

「一生懸命だったよ、力が足らずごめんね」と

言えるか。

いろいろな人に頭を下げて、このわがままな想いを

受け入れてもらってきた。

後悔のないように、次の人生を踏み出せるように。

今、ない頭を精一杯振り絞って、

泣きながらでも、前を見ていく。

Kと一緒に、前に進むのだ。

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