最悪の目覚めから。

昨日、病院の事務員に言われた言葉が

じんわりとボディブローのように

効いてきて、よく眠れなかった。

目覚めの悪い朝を迎え、

家族から回復のメールが来ないかと

携帯を確認。

Kはまだ布団の中に。

隣に住む家族の安否確認に

出かけたところで、

メールが届いた。

『ありがとう、たいぶラクになった』

その一言で、モヤモヤした気持ち、

腹立たしかった気持ちが

すーっつと消えた。

生きて、メールの返信ができれば

上出来である。

これで、院内での家族の容体が

わずかながらも確認できる。

病院のスタッフに聞くより、

本人確認が一番早く正確だ。

病院は戦場。

一人ひとりの患者を

丁寧になって扱わない。

原則、そう思っていないと

やりきれないモヤモヤがある。

「毎日は来るな」と言われ、

『もっと言い方ってあるよな、日曜に確認したときは

ここまで拒否される雰囲気ではなかったのに』

対応した人物が変わったということも

あるのかもしれないが、

それにしても、雑な扱いで

とても気分が悪かった。

受付を通って、駐車券に印をもらおうと

並んでいたら、受付の方は

すこぶる対応がよくて、

「お待たせしました、どうぞ」

と、その言葉の中に、

『あなたのことを忘れてませんよ、

ちゃんと気持ち入れてますよ』

って、伝わった。

事務員への腹立たしさは

後になって、じんわりと効いてきたのだけれど、

言葉とは、こんなにも

大切で、人の心を伝えてくれるものなのだ、

と、心底感じた。

会えない患者への用事として、

毎日ものを届けるのは、

スタッフから患者の容体を

少しでも聞き出したいから。

届けたスポーツ新聞が

読める状態でないから、とかではない。

相手の心のひだのようなものを

感じ取れないということは、

それだけ、現場が疲弊しているということ。

コロナであっても、なくても、

病院はいつのときでもそうだった。

忘れてはいけない。

患者に優劣をつける。

命の選択をする。

忘れない。

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