先生からの返事。

27日から気になりだした、Kの咳。

今のところ、一日に1回くらい。

気にするほどでもないのかもしれない。

でも、今までなかったことが

あるようになったのだから、

少し心配だ。

昨日、心臓の先生から、

返事が届いた。

緊急でないので、

メールで質問状を出していた。

呼吸数は病的と思われる状態ではないこと、

咳が悪化したら受診して、とのこと。

それだけの返事だが、

救われた。

呼吸が早くなった気がして、

不安で眠れない時間が解消された。

まだ、咳は止まっていないが、

気候の変化が激しいこの時期である。

年齢的なこともある。

心臓の異常と決められない要素が

たくさんあるのだ。

とにかく、先生から

大したことない、と言ってもらえたら

それで安心する。

ホームドクターに頼りたいが、

微妙な症状には

「専門医に診てもらっては」と言う。

先日の診察時に感じたこと。

こちらの先生の心情としては、

心雑音が以前より大きくなってしまったKに

責任が持てないからだろう。

無理もないことだ。

ホームドクターの病院も

連日混んでおり、

スタッフの方も大変だろう、と

推察していた。

Kのような症状は専門外といったところなのだ。

都内にある、心臓専門病院の

先生はさらに殺人的に忙しくされている。

どの病院でもそうだろうが、

来院する動物を100%は救えない。

待合室で順番を待っている時、

悲痛な瞬間を見てしまうことも度々だ。

常に生死と向き合っているのだ。

みていると、

精神的にも相当タフでないと

やっていけないと思う。

また、先生と同じように

周りのスタッフも同様に忙しく、

過酷な環境下で医療に従事している。

Kの診察を通じて飼い主が感じたのは、

できるだけ迷惑をかけたくない、ということ。

この一生懸命なスタッフの方々に

面倒をかけたくない。

しかし、そうは言っても

飼い主の心配事は解消してもらいたい。

矛盾しているが、そこが一番助けてほしいところなのだ。

みんな、助けてほしくて病院にやってくる。

動物も人間も同じなのだ。

もの言えない動物を助けてくださる先生方。

うまく言えないが、少しでも負担を軽くする努力を

患者家族はしなくてはいけない、と思う。

協力しあって、みんなで助かろう。

生死にかかわる電話をかけたい飼い主のために、

軽症相談で電話回線をふさぎたくはない。

そう思うのだ。

メールはいい。

担当の方が定期的にチェックして、

先生に報告し、

後は先生の判断でタイミングをみて

返信してくださる。

飼い主としては、

まず、送った瞬間に

先生に聞いていただけている、という

安心感と、

待てば適切なアドバイスを

いただけることで

心配しすぎを

早めにセーブできるという

二点が本当にありがたい。

病院に電話をして、

受付のスタッフさんの手を止めてしまうマイナス(-_-;)。

伝言で先生に伝えて、折り返しをお願いするマイナス(-_-;)。

いつ来るかわからない電話を待ち続ける不毛感(-_-;)。

さらに、先生は多忙な中、

時間を見つけて

折り返しをしなくてはいけない

不自由さを与えてしまう。

そのうち、忙しさに紛れて

折り返しを忘れてしまう。

これって、不可抗力のような気がしてきた。

以前、別の先生で忘れられてしまったことがあり、

その先生曰く、

「伝言そのものを受けた記憶が消えた」と

おっしゃった。

待っても折り返しの電話が来ないはずである。

これは、本当に過酷な医療現場を

表していると思った。

そこで、メールを使うことにした。

これはいい。

まず、履歴が残ることで、

『言った』『言わない』が発生しない。

緊急性がない、ということが前提ではあるが、

Kの様子を丁寧に説明できることと、

自分が冷静になれる時間を持つことになった。

今回も返信まで数日を要したが、

全く問題ない。

さすがに一週間放置だと、

『メールが届かなかったのではないか』と

違う心配が派生してしまうが(笑)。

2~3日で返事がいただけるので

十分である。

手を煩わせることに違いはないのだが、

今回も心配を半分背負っていただき、

飼い主の気持ちは

ものすごくタスカッタのだ。

ありがたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました