感動するほど便利な世の中になったけれど。

人に何かを説明しようと思ったとき、

その昔は、本で調べることが多く、

図書館に通った。

インターネットが発達しだした頃。

わからないことを検索画面に入力しただけで、

いとも簡単に解決できることに感動を覚えた。

しかも、外出して探し回ることもなく、

家で、

コーヒー片手にだ。

調べものが始まると

夜が更けるのも忘れて

一心不乱に

検索→プリントアウト→マーカーで線を引く→付箋を貼る。

なんてことをした。

最近では、これに動画が加わって

さらにわかりやすくなった。

先日、中学生に数学を教える機会があり、

よりわかりやすく教えたいと思って

ネット上のさまざまな情報を集めてみた。

まったく便利な世の中になったものだ。

取捨選択さえ間違わなければ、

世界中の人たちの声が拾える。

学習塾に行かなくても、

丁寧な解説がYou Tubeに上がっており、

「これで成績が上がらない理由がない」

と思えた。

先生や友達にわからないところを聞く必要もない。

しかし、危険だな、と思った。

会話がない。

ずっと画面を見ている。

楽しいだけではすまない。

表情が変わらない……。

時間を決めて、Kを連れて外の空気を吸ったり、

誰かと話す機会を作ったりした。

今の世の中、生活力(お金)があれば、

あとはすべてが自己完結できる。

生き死にに関係する、病院での生活などが

出てこない限りは、その状態で生きていける。

怖くはないか?

心が病んでいきはしないか?

自問自答してみる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました