家族の通院に同行する。
昨年10月に病院を変更してからは、
毎月減薬を行い、経過報告を行っている。
降圧剤を長く服用してきた家族は
足元がふらついたり、
気分が落ち込んだりして
日々の生活に希望が見いだせなかった。
それが、減薬開始から3か月が経ち、
今は少し希望が見えて来た。
実際には血圧が上がってきており、
高血圧なのだけれど、気分はよくなったようだ。
家族が見ていて感じるのは、
以前のようなだるさなどは少しづつ
軽減されているのではないか、ということ。
声にハリが戻った。
足の運びが良くなった。
これだけでもウレシイ変化だ。
ただ、高い血圧の今の状態は理想なのか、という
不安は残っている。
今日の先生の話だと、心電図の様子も
特に変化がないし、薬を増やしたりする必要は
今のところはない、と言っていただいた。
忙しいのに、イヤな顔もせずに
こちらの希望を本当に
丁寧に聞いてくださって、
感謝しかない。
一人にかけられる時間が限られているのが病院だから、
適当にあしらうこともできるし、当然とも思う。
そんな中、ありがたいことだ。
耳が不自由になってきた家族に
適格な助言をしてくれているが
実のところ、本人には聞こえていない模様(-_-;)。
自分の言い前だけまくしたてるのが精一杯なのだ。
今日も帰りのクルマの中で
医師の話を繰り返して伝える。
そこで初めて聞くようなリアクションをするので
聞こえていなかった、と理解する。
ここ最近の悩みはココである。
聞こえているような素振りに見えるので
ついつい話を進めてしまう。
何時間、何日と時間経過したのちに
また同じ会話が繰り返される。
聞こえていなかったなら、
その時言ってくれたらいいのに……。
何度も思う。
しかし、それは本人たちには無理な相談らしい。
この解決策としては、
自由な時間がたくさん与えられている高齢者であるのだから、
何度でも同じ話をしていこう。
若者同士の会話のようにポンポンと
会話を進めてはダメだ。
ひとつのセンテンスが終わったあたりで
話についてきているか、確認する余裕が必要。
いくつものテーマを長く話すと
半分以上は理解できていない。
一日に伝えられることに限りがあるということ。
ここに気が付くことだ。
どうでもいいことは翌日に送ってしまう。
今日話さなければいけないことだけに絞る。
それでこちらの体力も温存できるというものだ。
できるだけ会話がヒートしないように、
穏やかに落ち着いて生活ができるようにする。
それだけでも双方が平和でいられる。
心の問題は大事だ。
心穏やかに平和でありたい。
お互いに、だ。
三度の食事を作り、食べる。
その繰り返しで毎日が終わっていく。
それでも、本人たちが苦痛なく
生きてくれたらそれでいいと思うのだ。

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