高齢者と住むということ。

朝、今日の予定を話す。

繰り返し。

3回くらい話すと

正気に返るというか、

うなずくというか。

そうやって一日を始めることにも

慣れて来た。

初めの頃は、

「わかった、って言ったよね?」

と、初めのうなずきに腹が立って

詰め寄ったこともあったが、

一回の理解では不十分ということが

わかってからは三回言う。

もっと言うときもある。

年寄りには時間はある。

時間に追われる現役世代とは違う。

一日の時間がゆったりと流れるのだ。

だから、繰り返し、何度も同じ話をして

理解を深める。

そうすることで、黙り込んでしまうことを

回避できる。

次の会話につながるのだ。

「車検だったら、お金を用意しなくては」

「そうだね」

とか。

「病院まではどのくらい時間がかかるんだ?」

「40分くらいかな」

とか。

自分の頭で考えて、話を繋げて来るということは

脳が活性化されるはずである。

一日中立っていて、途中で横になりたい瞬間がある。

でも、横になったが最後、寝てしまいそうだから

立ったまま我慢する。

21時ごろ、やっと解放されて

二階に上がってくると、

今日の出来事をまとめる間もなく

睡魔が襲ってくる。

以前は献立表を作っていたから

記入してから就寝だったが

もう体力がもたなくなってしまった。

Kも寝よう、とぐずるので

二階に上がったら早めに寝る。

身体が資本だから早く寝るに限る。

朝7時に起きて

夜は25時までには床に入る。

それでも身体がくたくたなのは

年齢のせいもあるし、運動不足もあろう。

高齢者と住むということは、

3度さんどの飯づくりだけではなくて

入浴介助や身体ケアが必要だから

どうしても肉体を酷使してしまう。

これほどまでに疲れるなんて。

Kの時も介護も、それは疲れたけれど、

この比ではない。

どちらかというと頭脳労働だったかも。

自分は食事せず、睡眠時間の確保が優先できた。

今回は、食事せずとも睡眠時間も削られる。

体力がすべてかもしれない。

カンガエヨウ。

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